飯泉山 勝福寺(飯泉観音)
住所 | 神奈川県小田原市飯泉1161 |
電話 | +81 465-47-3413 |
時間 | 08:00-17:00 |
サイト | bandou.gr.jp/temple/飯泉山-勝福寺(飯泉観音) |
カテゴリー | 仏教寺院, 観光名所 |
評価 | 4.4 16 件の口コミ |
Shōfuku-ji | |
最寄りの枝 岩殿寺 — 神奈川県逗子市久木5丁目7−11 |
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飯泉山 勝福寺(飯泉観音) 件の口コミ
16 前に勝福寺近くの飯泉に住んでいました。いまは横浜に住んでいます。ここは関東で一番早い、だるま市が12月になると行われとても有名です。御本尊は十一面観音をお祀りしています。
お参りするとなにか、気持ちが落ち着きます。
静かで良いところです。
坂東三十三観音5番
無料駐車場あり
薪を背負って本を読んでいる二宮金次郎さんではなく、正座して拝んでいる珍しい二宮金次郎さんがおられます。ここをきっかけに二宮尊徳さんを詳しく調べたくなりました。近くに記念館があると後で知ったのでいけずに残念でした
飯泉山 勝福寺(飯泉観音)
〒250-0863 神奈川県小田原市飯泉1161
板東三十三観音の五番目の札所です。便数は少ないですが、小田原駅東口から飯泉観音前を経由するバスが出ています。
僕は、小田急線の足柄駅で降りて、酒匂川を渡るルートで歩いていきました。
こちらの御朱印所は、宝永3年 (1706) に再建された本堂ではなく、別棟の勝福寺さんの中にあります。
僕の好きな、英語付きの案内板があったので、文字起こししておきます。
後からこういう看板をじっくりと読むのがほんと好きなんです。
ガイドブックで省略されている情報があったりすると、現地へ行ってよかったなと思うのです。
飯泉山勝福寺 (通称・飯泉観音)
飯泉山勝福寺は、真言宗寺派に属し、十一面観音を本尊とする。創立は、奈良時代の頃で、弓削道鏡が流されて下野に赴くとき、千代の里に寺を建立し、孝謙天皇より賜った唐国伝来の観音像を安置したのに始まると伝 えられる (千葉山弓削寺) 。
後に寺が焼けて当地に移され、飯泉山勝福寺と称した。阪東33観音の5番札所としても有名で、国府津の親木橋から古寺までの道路は巡礼街道と呼ばれている。
棟札によれば、現在の本堂は宝永3年 (1706) に再建されたもので、江戸初期頃の古式をとどめた地方色豊かな建物である。
本寺にまつわる伝承として、曽我兄弟が仇討祈願のために日参し、五郎が百人力、十郎が十人力を授かり、宮士の裾野で仇討ちに成功したことや、講談で有名な雪電為右衛門が、田舎相撲の大岩大五郎を倒したことがある。また、二宮尊徳が少年時代の頃、旅僧から観音経を聞き、一念発起した地であるといわれている。
飯泉観音の縁日は、1月18日が初観音、8月9日・10日が四万八千日、12月17・18日がだるま市で、いずれも市が立ち、多くの人で賑わう。
勝福寺に係る指定文化財等
本堂・神奈川県指定重要文化財 (昭和32年)
十一面観音立像・神奈川県指定重要文化財 (昭和32年)
銅鐘・小田原市指定重要文化財 (昭和39年)
青銅水鉢・小田原市指定重要文化財 (昭和39年)
仁王門・小田原市指定重要文化財 (昭和63年)
大イチョウ・神奈川県指定天然記念物 (昭和32年)
大イチョウ・かながわの名木100選 (昭和59年)
樹叢・神奈川県指定天然記念物 (昭和32年)
だるま市・かながわのまつり50選 (昭和57年)
小田原50選 (平成2年)
Iizumizan Shofuku-ji
Iizumizan Shofuku-ji temple
Iizumizan Shofuku-ji Temple is affiliated with the Shingon sect of Mahayana Buddhism. The temple's main religious image is the Eleven-faced Kannon, a bodhisattva which represents maternal compassion. The temple was first constructed during the Nara Period (710-793) in a village called Chiyo. The temple burned down, and was rebuilt in 1706 in its present location where it became known as Iizumizan Shofuku-ji. The main hall of the temple was reconstructed full of local colors combined with the traditional style of the early Edo Period (1603-1867). The temple is also famous for its Daruma-ichi, a market for dharma dolls which is held annually on December 17 and 18.
英文をDeeplで訳してみました。曽我兄弟~二宮尊徳まではすっぽりと省かれています。千葉山の「千葉」は「ちよ」と読むのが「千代」になっていたり、正しく情報が伝わるかなと思いました。
飯盛山正福寺
飯盛山招福寺
飯盛山正福寺は、大乗仏教の真言宗に属する寺院です。本尊は十一面観音で、母性の慈悲を表す菩薩である。奈良時代(710-793)、千代村に創建されたのが始まり。その後、焼失し、1706年に現在の場所に再建され、飯盛山正福寺となった。本堂は、江戸時代初期の伝統的な様式を取り入れ、郷土色豊かに再建された。毎年12月17日、18日に開催される「だるま市」でも有名である。
坂東三十三観音霊場第5番飯泉山勝福寺。古義真言宗の寺院でありご本尊は十一面観世音菩薩で神奈川県小田原市飯泉にあります。小田原厚木道路の小田原東ICから小田原市内ヘ向かう国道255線の酒匂川にかかる飯泉橋のたもとから程なく入った所に位置します。小田原厚木道路から小田原市内ヘ車でよく通りますが今回が初めての参詣でした。今回は車で訪問しましたが、門前に割と広い駐車場が有り路線バスのバス停も有りました。雨の日曜日の午後でしたので駐車場も空いてました。
本堂は工事中でしたが、中に入れて至近で観音菩薩様へお詣りでき感激しました。この地方で有名な二宮尊徳翁が観音に帰依し信仰したそうで12月18日のだるま市は賑わうそうなので、その時も参詣しようと思います。
小田原市飯泉、真言宗東寺派 飯泉山 勝福寺、通称「飯泉観音」。
創建は不詳であるが、奈良時代に弓削道鏡法師が下野国薬師寺へ赴く途中、考謙天皇から賜った十一面観音を泰安するため、相模国足柄下郡千代村に建てた堂宇がはじまりと伝えられる。
その後平安時代の天長7年 (830年) に現在地に移ったとされ、室町時代に勝福寺と号された。鎌倉時代の武士、曽我の兄弟 (曾我祐成、時政) が仇討ちの際に日参して成就したという伝説が残されている。
毎年12月17日、18日に歳の市を催されており、ダルマを買いにだけ行っております。
初日の方が大盛況らしく、人気の商品はその日のうちに売り切れてしまうそう。
当然人も車もたくさん来ますので、近くを通るバスなんかも大変遅れます。
18日は比較的落ち着いているようですが、お店もちょっと寂しい感じに
扱っているものが縁起物なだけに、にぎやかでいい雰囲気ですよ。
坂東5番。
参拝したのが1/9。まだお正月モードで出店がちらほらと。子供たちの声も聞こえ賑わってました。
正面の駐車場の陰でパトカーが一時停止を見張っていたのがなんとも複雑な気分でしたが。お正月気分も台無し。(私は捕まっていない笑)
本堂の彫刻を、修理をするらしく、職人らしき若い方が、取り外していました。掃き掃除を終えた境内では、土曜日だった為に、子供たちが、五、六人元気に遊んでいました。懐かしい風景に出会えて良かったです。
坂東五番 正福寺 (飯泉観音)
開創は天平神護元 (765) 年 金堂 (観音堂) は宝永3 (1706) 年に再建された 江戸中期の典型的密教伽藍の大堂 金堂前には二宮尊徳の本尊礼拝像がある
朱色の本堂はなかなか見ごたえがある
仕事に行く前には必ず参拝をさせてもらいますお隣の八幡様にも手を合わせます。又私達が必ず一日何度かお世話になるトイレの神様が居られます。うすさま明王様です。
早くコロナが終息してお祭りが盛大に行われますように合掌
坂東三十三観音の第5番札所。本堂前に二宮尊徳(金次郎)の像があります。尊徳18歳の時に参詣したとのことでゆかりのあるお寺です。父の仇討で有名な曽我兄弟も縁があるとのことなので、尚更にご利益を期待してしまいます。
落ち着きのある真言系のお寺で小田原厚木道路「小田原東IC」からのアクセスもよく、都心方面からも立ち寄りやすい立地です。駐車場も山門の道を挟んですぐ前にあります。小田原城が近い土地柄、北条氏との関わりも深いそうです。気軽にふらっと立ち入れる雰囲気がいいですね。
本尊は「十一面観音菩薩」
真言は「おんまか きゃろにきゃ そわか」
ご詠歌は「かなはねば たすけたまえと 祈る身の 船に宝を つむはいいづみ」
坂東三十三霊場第五番、小田原厚木道路のICを出てすぐのところにありますから、車でのアクセスは最高です。
正門前の道路を挟んだところが駐車場です。
本堂に向かって右方向奥に納経所があり、そこで御朱印がいただけます。
坂東三十三箇所・五番札所。
フラットで意外と広々とした境内です。ミニ四国八十八箇所のミニ仏像群がありました。
駐車場は境内に道路挟んだ所に隣接。意外と交通量あるので横断時注意です。納経所は本堂正面に左方面。
諸説ありますが、765年(天平宝字9年・天平神護元年)開創とされ、830年(天長7年)に現在の場所に移築されたそうです。曾我兄弟や二宮尊徳(二宮金治郎)とゆかりのある神社で本尊は十一面観音菩薩。
そのご開帳は33年に一度らしいので次回は2047年?
朝寒い晴れた日に納経時間より早く行ってしまったのに、嫌な顔一つせず、御朱印していただいて、ご苦労様です。と労いの言葉までかけていただきただただ感謝です。
二宮尊徳がこの寺で旅の僧が利他の為に観音経を読んでいることに感銘を受け、仏教を学び始めた寺としてゆうめいです。本堂向かって右側に観音経に感銘する二宮尊徳像が印象的です。