JAPANRW.COM

ジェラール水屋敷地下貯水槽

住所 神奈川県横浜市中区元町1丁目77-18
電話 +81 45-671-3284
時間 00:00-24:00
サイト www.city.yokohama.lg.jp
カテゴリー 史跡, 観光名所
評価 3.7 7 件の口コミ
Alfred Gérard's springside house
最寄りの枝
象の鼻防波堤 — 神奈川県横浜市中区海岸通1丁目1
日本初ガス灯 — 神奈川県横浜市中区相生町4丁目76
ララ物資の記念碑 — 神奈川県横浜市中区新港1丁目2−1
二代目横浜駅 基礎等遺構 — 神奈川県横浜市西区高島2丁目1−1
近くの同様の会社
日本郵船氷川丸 — 神奈川県横浜市中区山下町 山下公園地先
帆船日本丸 — 神奈川県横浜市西区みなとみらい2丁目1−1
汽車道 — 神奈川県横浜市中区新港2丁目9
石鹸工場発祥の地 — 神奈川県横浜市南区万世町2丁目32

ジェラール水屋敷地下貯水槽 件の口コミ

7
並び替え: 日付 最高評価 最低評価 最も参考になった
Ann
20 九月 2023 16:19

2001年に登録の国指定、有形文化財である。
この近辺は開港から大正までの多数の遺跡や
史跡が存在しているが、国の指定かつ自由に
立入りや見学が可能なのは唯一ここだけだ。
その影響なのか資料や解説は充実している。
今も湧水があり「生きている」と言えよう。
賛否はあると思うが、鯉が泳いでいる景色の
眺めは良いものである。

伊勢守
10 十一月 2022 4:10

国の登録有形文化財。丘陵の中腹にある遺跡「ジェラールの瓦工場と水屋敷跡」と一対をなしています。フランス人ジェラールは明治時代前半に横浜港に停泊する船舶への給水と瓦工場の経営を行っていました。元町公園一帯がジェラールの工場跡地と言われています。江戸時代には全くの田舎で、ほとんど利用価値がなかった山手の丘陵が横浜開港と同時にその良質の湧水が一躍注目されたのです。立派なレンガ造りの工場の出現に地元の人々は驚きをもって「水屋敷」と呼んだのでしょう。

Yumiko
27 六月 2021 17:44

みなとみらい線元町・中華街駅より徒歩5分。駐車場なし。元町公園の入口手前に位置しています。この説明文によると、幕末から横浜に居留したフランス人のジェラール氏が、山手の丘の麓に湧いている良質の湧水に着目し、貯水施設をつくり、船舶に供給する給水業を営んでいたそうで、この施設は、その為の地下貯水槽であり、ジェラール氏は、ジェラール瓦として名高いフランス瓦製造業も併業しており、ジェラールの水屋敷として、親しまれていたとか。周囲はとても静かな住宅街なので、水の流れる音が心地好く聴こえて来ます。1999年(平成11年)元町公園の再整備に伴い、地下貯水槽がポケットパークに整備されたそうです。大きな鯉が何匹も優雅に泳いでいます。(動画あり。)

Miyuki
03 九月 2020 1:55

元町の脇を少し入った場所にある山手湧水の歴史名所。大きな錦鯉が悠々と泳ぐ様を見れるゆっくりした時間の流れる場所でした
水がとても透き通っていて下にいる鯉まで見える程。貯水槽に小さな橋のように道があり下を覗くことが出来ます。

観光に来た際に人混みに疲れた時など鯉を眺めて一休みも良いかと思いました。
歴史も深く面白い場所です。

たえこいとう
02 八月 2020 10:58

横浜が開港した江戸時代末期。横浜市街地の井戸の水は塩分を含んでいて、飲用には適さなかったそうです。
アルフレッド・ジェラールは、山手の麓に水源を確保し、パイプを敷設して、山下居留地や寄港船舶に供給しました。これを見た横浜の人々は、ジェラールの給水業のための施設のことを「水屋敷」と呼ぶようになったそうです。横浜の水は水質が良く、長期間船に積んでいても腐らないとして、船乗りの間では評判だったそう。
こちらはレンガがとても綺麗でお洒落な場所です。そばを通ると一体、何だろうという感じる方も多いと思いますが、国の登録文化財に指定されているとても貴重な場所です。

徳哉永田
26 二月 2020 21:20

今の元町公園にある水源は、以前は水質が良いため、フランス人アルフレッド・ジェラールが横浜港に停泊している船まで運んで商売をしていました。これが日本で最初の船舶給水業のはじまりでした。ジェラールが元町公園付近に湧いていた水を売っていたことからそこは、水屋敷と言う風に言われ始めたわけですが、給水業だけでなく西洋瓦や、レンガ工場、軍用日用品供給業、肉屋を居留地で営み始めていきました。
水屋敷の貯水槽については、今も尚、元町プールの入口付近に残されております。

ジェラ-ルの水屋敷
横浜の市街地の井戸の水は塩分を含んでいて、飲用には適
していませんでした。他方、丘陵地帯の麓には良質の湧水が
多く、上水道が整備されるまでは、そうした湧水を汲んで市中
を売り歩く「水屋」の姿も見られました。この点に着目したジェラ-ルは、山手の麓に水源を確保し、パイプを敷設して、山下居留地や寄港船舶に供給しました。これを見た横浜の人々
は、ジェラ-ルの給水業のための施設のことを「水屋敷」と呼
ぶようになりました。
  
ジェラ-ル水屋敷地下貯水槽の概要
幕末から横浜に居留したフランス人、A.ジェラ-ルは、山手
の丘の麓に湧いている良質の湧水に着目し、貯水施設をつく
り船舶に供給する給水業を営んだ。本施設はそのための地下
貯水槽。同氏はジェラ-ル瓦として名高いフランス瓦製造業も
併業し、これら施設はジェラ-ルの水屋敷として親しまれた。
平成11年度の元町公園の再整備に伴い、この地下貯水槽
はポケットパ-ク的に整備された。

友田一弥
25 八月 2019 13:13

明治初期フランス人実業家ジェラールが船舶給水業とフランス瓦などを作る煉瓦工場を営んだ場所が今の元町公園の敷地であり、山手の湧き水に着目し、湧き水を簡易水道で引き、外国船に売って船舶給水業を営んだ。

これが”ジェラールの水屋敷”と呼ばれる由縁。煉瓦工場は関東大震災で全壊し、今では地下貯水槽のみが原型を留めています。

レビューを追加