殿山公園
住所 | 神奈川県横浜市鶴見区馬場3丁目11 |
電話 | +81 45-510-1680 |
時間 | 00:00-24:00 |
サイト | city.yokohama.lg.jp |
カテゴリー | 市立公園, 観光名所 |
評価 | 3.5 6 件の口コミ |
Tonoyama park ( Terao Castle Site ) | |
最寄りの枝 茅ヶ崎城址公園 — 神奈川県横浜市都筑区茅ケ崎東2丁目25 大塚・歳勝土遺跡公園 — 神奈川県横浜市都筑区大棚西1 品濃谷宿公園 — 神奈川県横浜市戸塚区品濃町1803 品濃町公園 — 神奈川県横浜市戸塚区川上町87-10 |
|
近くの同様の会社
|
殿山公園 件の口コミ
6 後北条のお城です。軍事的には江戸城の支城、行政的には玉縄城管轄。何故か最寄りの小机城とは関係なし。
城主だった寺尾諏訪氏は、北条早雲が関東進出するよりも早い永享年間に長野県諏訪市よりこの地に移住してきており、上杉-北条間の交渉役などを勤めたそうです。特に武勇に優れたと言われる諏訪右馬之助は有名であり、後北条の有名な戦の中でも度々名前が登場するとのこと。
小田原征伐よりもかなり早い段階で記録に書かれなくなり、この一族が最終的にどうなったかは不明との事であるが、一説によると天正年間で絶縁したということ。
公園の入口から進んだ公園の中央部分に寺尾城址の説明板があり、さらに奥に、上の段に上がっていく数十段の階段があり、その脇が、寺尾城の竪堀であったとされる急斜面となっています。
「寺尾城址」の名称の石碑は少し離れた住宅街に、「竪堀」の説明書は公園の階段上の辺り、「御城印」は建功寺へどうぞ。
殿山公園という名称は、古くからこの丘陵一帯に存在したと言い伝えがあった寺尾城に由来する。公園の一画にて信濃の出身の豪族であった諏訪氏が築いた土塁や空堀などの城郭の遺構が発見されている。室町時代後期には、伊豆を平定し、相模に進出し、小田原に本拠を有した戦国大名の小田原北条氏が、関東一円を領国支配したが、この一帯は、北条氏の家臣として功績を有した旗本の諏訪氏が、支城を設け、以前より支配していたとされる。城は、諏訪氏が、戦国大名の甲斐の武田氏が小田原城に侵攻したため北条氏の援軍に入った際、領主留守の間に武田氏により落城させられたと言われている。園内には鶴見歴史の会が立てた案内板があり、また公園は地元有志により通年綺麗に保護されている。公園内の階段を上り、公園の外へ出て、更に山の上を目指すと、住宅地の内の高台中央には、目立たないものの、寺尾城の石碑も残されている。