天香久山神社
住所 | 奈良県橿原市南浦町608 |
電話 | +81 744-21-1115 |
サイト | city.kashihara.nara.jp |
カテゴリー | 神社, 観光名所 |
評価 | 4.8 8 件の口コミ |
Amanokaguyama Shrine | |
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天香久山神社 件の口コミ
8 境内は丁寧に掃き清められている。
社殿そのものよりも拝殿前に鎮座する磐座と、それを囲む紙垂をつけた縄が厳かに感じられた。他の方が投稿されている写真をみると、このように囲うようになったのはどうやらここ1、2年のことらしい。
山頂の國常立神社に参拝して、天香山神社に降りていきました。雨が降っている中、職員の方が拝殿のお手入れをされていました。
どうぞ、とお招きされて本殿に参拝出来ました。凄いなと思ったのは鳥居の扁額。大きな岩石で出来ています。罰当たりな人の頭に落ちるのか?と想像して帰りました。
天香久山の北麓に鎮座し、「天香山坐四處神社」の一つで、創建年代は不明ながら、延喜式名神小社。一般的には大和國十市郡 天香山坐櫛眞命神社と比定されている旧村社。
20/11/16天香久山から北上してお詣りした。ひっそりしているが、きれいなお宮さんだった。
御祭神:櫛眞智命
創建は不明ですが、平安時代に編纂された延喜式神名帳に記載されている神社です。
一説によれば、神武紀に菟田の八十梟帥を征討する際、天神が夢に現れ、「天香山の杜中の土で平瓫、厳瓫を作り天神地祇を敬祭せよ」と託宣がありました。
当社は、その故事に因んで建てられたのだと思います。
拝:2020/07/19
天の香久山は神話と歴史の宝庫ともいえる。天の岩屋戸に籠った天照大御神を誘い出す為占いをした。その時使われたのが朱桜(波波迦の木)なのだ。平成2年の大嘗祭にはここの朱桜が使われたという。又神武東征の神話のなかに天の香久山の土で土器を作り占った話が東吉野村の夢渕にある。そんな事を考えながら参拝すると一段と歴史観に浸れる。
吉凶を占う占いの神社としてよく紹介されてる神社です。
一見そのあたりに普通にある神社のように見えます。
実際このあたりの神社と見比べてもそれほど違いが無く感じます。
けれどこの神社はとある重要な行事に参加する大変由緒ある神社の一つです。
実は最近その重要な行事に参加されたようです。
その様子を収めたお写真など拝見させて頂きました。
有難う御座いました。
天香山神社
あめのかぐやまじんじゃ
奈良県橿原市南浦町608
祭神
櫛眞命
くしまちのみこと
太占の卜事を掌る神
亀卜の神を祀る=亀津比女命(対馬)
亀卜は遠く殷王朝に淵源
殷王朝はBC1500年~BC1050年の
古代中国の神聖王朝
BC1200年頃の殷王朝武丁王の
時代突然漢字が出来る
又秀逸な青銅器が出来る
亀卜は殷王朝が日常的に
実施
殷周革命(BC1050年)で滅亡
殷の子孫は現在の中国会稽あたりに
移住
呉越の戦いも殷王朝の
子孫が関係
その人達が大陸の戦乱を
嫌って半島経由で対馬に
達する
そして亀卜を教える
魏志倭人伝の如く当時の
日本人は会稽の人達の
習俗に大変似ていた
刺青、鵜飼、亀卜等々
1500年以上を
かけて殷王朝の文化が
大和国に達したことに
なる
壮大なロマンとノスタルジアを
感じます
当社には色んな
伝承がまとわりつく
有名なものは
神武天皇東征の
際天香山の土=大和国の
物実を部下二人に
盗み出させて土器を
造り戦勝を祈り勝利した
ハハカの木があり
ハハカの木で占骨を焼く時に
用いた
諸情報
駐車場なし
トイレなし
道中特に困難なし