品川神社
住所 | 東京都品川区北品川3丁目7−15 |
電話 | +81 3-3474-5575 |
時間 | 09:00-17:00 |
サイト | shinagawajinja.tokyo |
カテゴリー | 神社, 観光名所 |
評価 | 4.2 23 件の口コミ |
Shinagawa Shrine | |
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品川神社 件の口コミ
23 京浜急行新馬場駅北口から徒歩1分の場所にあります。だだーんとそびえたつ鳥居と階段に少し圧倒してしまいます。鳥居には龍が絡みついていて(双龍鳥居というらしい)、威厳を感じます。階段を上った先にある境内は意外と小さくこじんまりとしていますが、富士塚や神楽殿、稲荷神社もありますし、ブランコもあるので昔の田舎の神社を思い出して懐かしくなります。
「ぶじかえる」蛙やぶじかえるお守りは味があって可愛いので子どもに持たせています。
品川神社は源頼朝により創建され、昭和39年に新しい社殿が建てられました。境内には宝物殿、神楽殿、板垣退助の墓、富士塚、阿那稲荷神社などがあり、「一粒万倍の御神水」がある阿那稲荷神社下社では、お金を洗うと後に万倍になると言われています。また、石造鳥居、陶製の狛犬、木遣り塚、包丁塚など、歴史と伝統を感じさせる見どころも充実しています。
新馬場駅北口からわずか2分の距離に位置し、大鳥居(一の鳥居)・双龍鳥居をくぐり、53段の急階段を上ると富士塚があります。その先に進むと、品川神社本殿が正面に広がります。神社周辺には歴史的な遺産とともに、神聖な雰囲気が漂っています。
品川神社は東京十社のひとつで、京急電鉄の新馬場駅北口から徒歩2分ほどの所にあります。
境内に入る前にまず目についたのが『双龍鳥居』で、鳥居の右側には昇り龍、左側には降り龍が彫られています。
その鳥居をくぐり、石段を上る途中の左側に鳥居があり、ここは富士塚入り口になっていますので、手軽に富士登山も楽しめます
御朱印は直書きしていただきました。
富士山登頂できます。
3歩で2合目まで到達。
5合目でも景色が良いです。
登頂すれば、品川のビル群を眺められます。
只今、本堂改修らしく屋根が少し見られるくらいです。
11月 紅葉してます。
御本堂が鮮やかな朱になりました。
日露戦争、大東亜戦争の慰霊碑あり、庖丁供養碑あり、色々あります。
京急本線新馬場駅を出てすぐの所にあり分かりやすいです。鳥居の左側には大きな大黒天様がお出迎え
鳥居の両側には龍が石段を上がると朱色の拝殿が綺麗です。
御朱印は直書き(スタンプでしたが)頂きました。
石段をくだる時中程に小さな鳥居があり
その側に猿田彦神社の小さな祠があります。
その横の石段を上がれば富士塚があります。
今回あちこち歩き回った後で足が痛い…
なのでまた行く機会があれば伺ってゆっくりお参りしたいと思います
新馬場駅目の前にあるこちら。
鳥居の前には大黒天様がいらっしゃいます。
富士塚を登ると、とても気持ちいい風が吹いていて、景色がいい!少し急勾配だけど、登るのがオススメです。
本殿とは別にお稲荷さんもあるので、そこも忘れずに。お金を洗う場所がありますよ。
品川神社とても良かったです!
奥の御神水が流れる所がとても風格のある所でした。
富士塚山頂からの眺めもよく
鳥居の龍も立派でした。
家康公が奉納したと言うお猿さんのようなお面は 天之御中主神をかたどったものとか こんなふうにイメージされているんだと勉強になりました。
社殿左後ろに板垣退助のお墓がありました!
京急の「新馬場」駅から徒歩2、3分です。道路を横断歩道で渡るとすぐそこです。
心が洗われた。
一粒萬倍の泉は素晴らしい。
持ち帰った聖なる水は家の四隅にそそぎました。
これでご利益待ったなしw
新馬場駅から5分ぐらいの所にある、品川神社。今回車で来てしまったため、周辺に駐車場がほとんどなく、少し離れたパーキングを利用。運が良ければ、数少ない駐車場に止められるかも知れませんが、注意。御朱印巡りで参拝。階段を登り、境内はこじんまりした感じ。
当社は、小高い丘の上に鎮座されています。双竜の石鳥居から急斜の石段を登って本殿を拝します。ご祭神は、天比理乃咩命 (アメノヒリノメノミコト) さま、宇賀之売命 (ウカノメノミコト) さま、スサノオ尊さまです。当社の創建は、文治3 (1187) 年に源頼朝が、安房国洲崎神社におわしますアメノヒリノメノミコトさまを勧請されたことに始まります。江戸時代には、徳川将軍家の庇護を受けて信仰を集め、明治時代には「准勅祭神社」に定められていました。境内には、富士塚が設けられており、北品川の街並みを一望できます。現在では、新東京百景に挙げられています。
品川駅から歩いて行ける神社ですが、これといった見どころもなく、あくまでお近くの方むけの神社です。
品川は交通至便なものの、名所旧跡も名店も少なく、ついでのお楽しみもありません。
遠来の観光客にはスルー推奨です。
京急線、新馬場駅からすぐです。
源頼朝や徳川家康にも縁深い神社とのこと。
しかし、お目当ては富士塚ですね。
他の神社でも富士塚を経験しており此方でもと、お伺いさせていただきました。
わかりにくいかも知れませんが結構急ですので、降りるときは鎖の手すりを持ってゆっくり降りるのが良いかと。
東海七福神の大黒天が祀られてます。真っ赤な柱が印象的です。頼朝公に始まり、太田道灌公も品川に住んでいたとか。徳川家康公にあっては関ヶ原への出陣の際、戦勝祈願をしたとか。
富士講も盛んだったようで富士塚がありました。見晴らしは良いですよ!
品川駅から京急線に乗り換え、北品川から新馬場の駅の間を抜ける時、都会としては異様な風景が目につきます。
溶岩を積み上げた峨々たる人工山、そして聳え立つ石段。
長年私が気になっていたこの場所は品川神社でした。
ご由緒は、今からおよそ800年前の平安時代末期の文治3 (1187) 年に遡ります。
源頼朝公が安房国の洲崎明神 (現・千葉県館山市鎮座 洲崎神社) を勧請し、海上交通安全と祈願成就を祈ったのを創始とします。
やがて鎌倉時代末期の元応元 (1319) 年に二階堂道蘊公がお稲荷様を、さらに室町時代中期の文明10 (1478) 年に太田道灌公がスサノオノミコトをそれぞれ祀りました。
慶長5年 (1600年) 、徳川家康公が関ヶ原の戦いへ出陣の際当社へ参拝し、戦勝を祈願され、その後、祈願成就の御礼として仮面・神輿などを奉納されました。
また、寛永14 (1637) 年3代将軍徳川家光公により東海寺 (新馬場駅西側) が建立され、当社がその鎮守と定められ、御修復所 (神社の建物の再建・修復などはすべて幕府が賄う) となり、元禄7年 (1694年) ・嘉永3年 (1850年) の2度の社殿の消失の際には、時の将軍の命により再建が行われるなど、徳川将軍家の庇護を受けました。
時代は明治に移り、明治天皇は、東京の安寧と国家の繁栄を祈願するために当社を含んだ都内の10の神社を准勅祭神社と定め、勅使が参拝し、祈願をしました。
太平洋戦争の折は、幸いにして戦火を免れましたが、社殿の老朽化が進み、昭和39年 (1964年) 氏子各位の協力により、現在の社殿が再建されました。
だそうです。
ひとまず、戦災に遭わずに社伝や宝物が燃えなかったのは何よりでした。
今はコロナの影響で宝物殿は閉鎖されていますが、いずれ開かれる日を楽しみにすることにしましょう。
しかし、江戸の無血開城があってよかった。明治政府は反逆するものには容赦がなく、亀山藩は亀岡に改名させられたり、会津藩士を斗南に転封したり、同じ薩摩藩内でも郷の名前を入れ替えたり、色々な事をやっています。
この品川神社も品川富士は一度取り壊しの憂き目に遭っていますし…。まだ徳川の葵の御紋が掲げられ、江戸情緒が残っているのはありがたいことです。
一応児童公園も併設され、品川富士もありますので、コロナ禍で都道府県をまたいだ移動が制限される昨今、お子様を連れて一度遊びに来てもいいかもしれませんね。
京急線に乗ると気に成る車窓ベスト3の私的ランキング。で訪れちゃうこと2度目。
以前の訪問で本殿近くに神輿が飾られてた気もしたけどコロナ禍で色々変えてるようで、今回は神楽殿が素敵だなと思いました。
それと第一京浜沿いにある富士塚山頂からの眺めは良いですねw
新馬場駅のすぐ近くにある、小高い丘の上に設けられた神社です。京急線に乗車し西側の車窓を見ていると必ず目につきます。とりわけ絢爛豪華な神社ではなく、住宅街に囲まれていることもあり、初詣や祭りの時期等を除けば参拝者も少なく、ひっそりとしています。
東側にある鳥居には見事な龍の彫刻が施され、堂々とした佇まいを見ることが出来ます。鳥居から拝殿に向かう際の階段がかなり急となっていますので、必要に応じて手摺を利用して昇降するといいでしょう。境内には富士塚があり、富士信仰に関連して作られたものですが、今では境内から街並みを眺める展望台の一つとなっています。
The shrine is located on a small hill near Shinbamba station. If you take the Keikyu line and look out the window on the west side of the train, you will surely see it. It is not a particularly gorgeous shrine, and because it is surrounded by residential areas, there are not many worshippers except during the New Year's visit and festivals, and it is quiet.
The torii gate on the east side of the shrine has a magnificent dragon carving on it, giving it an imposing appearance. The stairs from the torii to the hall of worship are quite steep, so it is best to use the handrail to climb up and down if necessary. There is a Fujizuka on the shrine precincts, which was built in connection with the Fuji faith, but has now become one of the observatories from which you can view the city from the shrine precincts.
東京十社めぐりの一社。今日は品川神社です。品川駅から10分ほど歩けば着きます。急な階段を見上げると気持ちの良い緑に出迎えられます。都心部にはありがたい緑です。登りきると鳥居と共に社殿が正面に見えます、左右には境内末社摂社があります。、まずはご本殿にご挨拶して、1歩下がって改めて境内を見回します、右手前方には稲荷神社があり、右手には神楽殿があります。
稲荷神社と本殿の間には楠でしょうか立派な木が聳えて綺麗な若葉を溢れんばかりにたたえていました。神社ならではの静かで清々しい空間でのびりした時間を過ごしました。境内はご本殿以外にも見所がありますのでゆっくりと回っていただければと思います。
ありがとうこざいます。
品川神社は東京十社の1つで東京都品川区にある神社
歴史は古く、文治3年源頼朝が安房国洲崎神社から海上交通の安寧を願い勧進したことが始まりとされる。
なお、洲崎神社は江戸時代には安房国一之宮とされた由緒ある神社である。(延喜式では安房神社が安房国一之宮)
祭神は
天比理乃咩命(あめのひりのめのみこと
素盞鳴尊(すさのおのみこと)
宇賀之売命(うがのめのみこと)
もよりは京急線の新馬場駅
徒歩2分ほど
品川神社の境内内には浅間神社が摂社としてあり富士塚が設けられている。
他にも社殿裏に板垣退助の墓が存在する。
御朱印はこのご時世では珍しく書入れをいただける。
(御朱印帳がなければ書置きでもいただくことが可能500円)
御朱印帳は最近持ち歩く意味もないので(書置きばかりのため)自宅に置きっぱなし、また参拝に行かなくては。
(2021.5)
東京十社の一つに数えられる神社です。東海道七福神の一社に数えられる品川神社。海上交通安全と祈願成就。七福神の大黒天を祀る神社です。
境内はとても静かで、観光客も居なくてゆっくり満喫出来たのが最高ですね。
境内には、富士山浅間神社の分祀に、「板垣死すとも自由は死せず」で有名な従1位勲1等伯爵位板垣退助の墓があります。
先頃、改修工事で本殿が見えない状態でしたが、今日行って来ましたら改修工事が終了していて綺麗になっていました。
(※東京十社とは、江戸即ち東京都を守る鎮守様のことで、東京に10神社あります。品川神社の他に、神田明神、日枝神社、富岡八幡宮、赤坂氷川神社、根津神社、芝大神宮、亀戸天神社、白山神社、王子神社があります。)
アクセス
京浜急行空港線。新馬場駅から徒歩2分程度。