千住神社
住所 | 東京都足立区千住宮元町24−1 |
電話 | +81 3-3881-1768 |
時間 | 08:00-17:00 |
サイト | www.senjujinja926.com |
カテゴリー | 神社 |
評価 | 4.2 17 件の口コミ |
Senju Shrine | |
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千住神社 件の口コミ
17主祭神は御祭神迦之御魂神、素戔嗚尊。926年頃創建。伏見稲荷大社から分霊されました。1051年には奥州征伐に向かう源義家が戦勝祈願をしたとされ、江戸時代は将軍の鷹狩が行われていました。
2023年9月11日㈪
この日も暑かった。
まじ暑かった。
炎天下の作業ヤバい。
ヤバいけど、みんなのおかげで何とか働けている。
ありがたいね。
まあそれはそれはそれとして、千住神社に参拝。
ここも、もとは氷川神社。荻窪圭「東京・北千住になぜか「氷川神社」が密集している理由」に詳しい。まいまい東京(まいまい京都の東京版)のツアーもあった。ここはもともと「稲荷神社」と「氷川神社」が並んで「二つ森」と呼ばれていたが、大正時代にふたつがひとつになりいまの名前になったそうだ。なお、埼玉の大宮の「大宮」とは氷川神社のことであり、氷川神社の本店がこの「大宮」。
カメヤマローソクのベンチあり。
神職在駐、御朱印を頂ける神社。
千住七福神の恵比寿天の御朱印も通年。
境内富士塚のお山開きは7月1日(固定)。
この日だけ登拝出来る。
御朱印も【奉拝】が【登拝】に限定で変わる。
兼務社は白幡八幡神社で毘沙門天共々頂ける。
社務所は8時から17時まで。
千住本氷川神社参拝後に歩いて伺いました。
国道4号からちょっと入った住宅街にあり、とても広い境内で見所がいっぱいありました。
参道の灯籠や富士塚、回転させて願掛けの出来る恵比寿様、珍しい仔犬を連れた狛犬など色々楽しませて頂きました。
美しい書体の御朱印を直に書いて下さいました。
心に物なき時は
心広く体泰なり 上杉 (2月 生命のことば)
明日はいよいよ勝負の日。
千住神社様で祈願してきました。
ここまでボロボロでしたので
明日こそ挽回できますようにと。
明日頑張って参ります。
結果もご報告しに参ります。
街中にあります。
車のナビだと裏側に案内され、道幅狭く困りました。神社裏に駐車場ありますが、きっと参拝用ではなく神主さんや関係者用だと思います。特に参拝用など書いていなかったので (ご近所さんに聞いたら神社の駐車場だよと言われましたが) おそらく他の方が書いていた表から入って、はじっこに停めるのが正解かな (特に表記はないです)
本殿以外にも何個か神様います。恵比寿様は3回回して白いハンカチで自分の悪いところを撫でる。ハンカチは持ち帰って自分の悪いところに直接ハンカチで撫でると良くなるというものです。なので白いハンカチ持参するといいです (社務所で売ってもいます)
千住富士もあり、昔富士山礼拝が流行った時に作られたもので7月1日のみ富士に登る事が出来るようです。
御朱印は手書きで2種類から選べます。
北千住の界隈では広めの神社。千住七福神では恵比寿さまのポイント。
境内に富士塚が在るほか趣のある神楽殿、防空壕跡や焼けながらも復活した不屈のイチョウと空襲の記憶を留めるのが特徴かなと思います(先の大戦で蔵以外は焼失したそうですが)。
因みに富士塚は7/1の山開き以外は登れない様です。
TVや口コミを見て行ってみたいと思いお正月に参拝する事ができました。
社務所の方が親切で素敵な御朱印を頂きました。
駐車場はなかったので周辺にあるコインパーキングを利用しました。
またカキコ??
私的なここの“ウリ”は防空壕あとでしょう!多分、本物を拝んだのは初めてだと思います。
戦後から何年??未だにこのような物件が残っています。戦争中の“メジャーな物件”も重要ですが、北千住の街中にある“マイナーな物件” (地元の方は皆さんご存知?) も大切にしてほしいものです。
東京都足立区千住にある千住神社。
実は、某TV番組を拝見して行ってみる気になったのです。確か、有吉君とすえひろがりずとあと女性が、正直な散歩をする番組でした。そこに登場したのが、千住神社。みんなして、恵比寿さまをグルグル回転させてました。目が回った恵比寿さまは願いを叶えたとか、叶えなかったとか。
そこで私もやってみることにしたのですが、結果はのちほど。
末社も沢山あり、個人的には浅間神社の富士登山をしたかったのですが、開山日のみとのことでした。
御神木の銀杏の木があり、1つは夫婦銀杏で、もう1つが焼け跡から蘇った銀杏です。とても生命力を感じます。
かなり広い神社です。色々な御利益を期待できそうです。
千住地区には、「氷川神社」が何社も存在する。こちらも、現在の社号には含まれていないが、かつては稲荷社+氷川神社であったとのこと。
隅田川と荒川に囲まれた千住の地は、古くから水害に見舞われてきたので(荒川は、かなりの部分が江戸時代からの工事によって流路が変えられているけれど、詳しくは省略)、川を鎮めるために、川の神である埼玉県大宮にある氷川神社をあちこちに勧請しているのだと思われる。
広い境内と比較的規模の大きな社殿を持ち、富士塚もある。
静かな住宅街にある神社です。
15時ぐらいに行きましたが、御朱印も書いていただきました。ありがとうございます。
ベンチで休憩している方も中にはいたので、落ち着いて休憩しやすい場所なんだろうなと個人的に思いました。
千住神社はこの地区の西側に位置し、日光街道と墨堤通りの間にある。
926年に創建された稲荷神社と1276年に創建された氷川神社が合祀されている郷社でもある。
千住地区の地図でこの地区の神社の位置を確認してみると2つの事に気付く。
1) 稲荷神社は全て日光街道より西側にあるということ。
南から橋戸稲荷、河原町稲荷、千住神社、そして北側に元宿神社とがある。
これらの神社は殆ど直線上に位置している。
稲荷神社は (稲が成る) から転じた事から、基本的には農業の神様ということになる。
この辺りを歩くとよく解るのだけど、地盤が日光街道の東側よりも少し高くなっている。
おそらく昔の荒川 (今の隅田川) によって土砂が堆積され、川の中州の様になっており、農業が行われていた名残として、これらの稲荷神社があったのだろう。
2) 千住神社から時計回りに氷川神社を見ると、北側に大川町氷川神社、四丁目氷川神社、千住本氷川神社、仲町氷川神社とこの千住地区を囲んでいる事に気付く。
これは周囲に氷川神社を建てる事により、川の氾濫から土地を守るために造られたと思われる。
すなわち、旧日光街道、旧水戸街道の起点する千住の土地の重要視する為にを故意に囲む様に氷川神社を建てられたのではなかろうか。
こういう事から、千住神社には両方の神様が奉られており、この場所がこの地区の要になっていると考えても過言ではない。
日光街道から入る道は、千住神社の前を通り、墨堤通りへと繋り、その先の西新井大師方面へと向かって行く。
おそらく、この道は昔の (大師道) かとも思われる。
今の千住神社は、北千住の駅前辺りの華やかさは全くなく、昔の千住が目に浮かぶ様な長閑な場所だった。
千住お散歩巡りにおすすめ。地元のお祭りがなければ広々のんびりしていて楽しい。たくさんの神社が入っていて、景観もすてきです。
御朱印は社務所でぴんぽん押したら巫女さんが出て来て対応してくれました。
千住界隈では最も初詣に適しています。
厄除けもこちらでお世話になり、大過なく過ごすことが出来ました。
引越して少し遠くなりましたが、また参拝させて頂きます
この4年で嫁とダブルで大吉引いたの2度目だけど、大吉率高い