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八百屋お七墓所

住所 東京都文京区白山1丁目34−6
電話 +81 3-3812-7865
時間 00:00-24:00
サイト www.city.bunkyo.lg.jp/visitor_kanko_jisha_enjoji.html
カテゴリー 史跡, 観光名所
評価 3.4 7 件の口コミ
Tomb of Yaoya Oshichi
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八百屋お七墓所 件の口コミ

7
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北本剛
24 十一月 2023 0:31

1987年公開の映画「BU・SU」(監督:市川準・主演:富田靖子)では、「八百屋のお七」が後半の重要な要素として登場します。
実際に、この「八百屋のお七の墓」も登場しています。
この映画は個人的に思い入れのある作品で、ひさびさの映画館での鑑賞(目黒シネマ)の帰りに立ち寄ってみることにしたのです。
できれば、撮影当時のまま残っていればという期待をしつつ・・・。
しかしながら、期待はあっさりと裏切られました。
映画に登場するのは、Googleマップの示す場所ではなく、円乗寺の入口にある大きなお墓の方です。
映画では、道路沿いにひっそりと鎮座する感じでしたので、おそらくは、区画整理で移動され現在の位置に移動されたのでしょう。
既に撮影時から40年ちかく経過しました。
「昭和は、遠くなりにけり」ということですね。

TAK
06 一月 2020 6:48

お寺が工事中で、入っていいのかどうか不安になりましたが、問題ありませんでした。しかし説明板はお堂の横に積み上げられていました。
ここ円乗寺はお七の家の菩提寺で、大火の時に逃げてきて、寺小姓の吉三郎と恋仲になったところ、ということです。
史実かどうかはさておき、都内にはお七にいわれのある場所がけっこうあります。近隣では、北東160mの大圓寺にほうろく地蔵、北700mの吉祥寺に比翼塚があります。

くどかず
01 八月 2019 7:49

現在工事中です お墓は6月後半まで見学できないです

高槁知子
11 七月 2019 21:56

三田線・白山駅 A 1徒歩約3分
南北線・本駒込駅 1徒歩約10分

天台宗 南縁山 正徳院 圓乗寺
天正9年に密蔵院として開創。
 江戸三十三箇所(昭和新撰 江戸三十三観音札所) 第11番札所
 札所本尊 - 聖観世音菩薩
 
 円乗寺は、圓栄法印が天正9年(1581)本郷に密蔵院として創建
元和6年(1620)實仙法師が圓乗寺と寺号を改め

江戸観音11番札所としても知られる天台宗円乗寺。
井原西鶴の名作『好色五人女』などで有名なお七(1668~1683)の墓がある。
お七の生家は駒込片町(一説によると本郷追分とも)の有数な八百屋であった。

 *八百屋お七の墓
お七の生家は駒込片町で有数の八百屋であった。
1682年近くの大円寺出火でお七の家が焼け菩提寺の円乗寺に避難
 やがて家は再建され家にもどったが、恋仲になった円乗寺の小姓山田佐兵衛に会いたい一心で付火をした。
 放火の大罪で捕らえられ、天和3年火あぶりの刑に
墓は3基あります
中央は、住職が供養のために建てたもの。
右側は寛政年中岩井半四郎がお七を演じたのが縁で建立
左側は近所の人が270回忌法要のために建てたもの。

山田万歳
25 五月 2019 19:43

歴史学的には、「七という人物が江戸に付け火し、処刑された」ということ位しか分かっていないそうだ。

ただ、処刑直後から「八百屋のお七が好きな人に会うために付け火した (これは未遂に終わった) 」と江戸の人々に噂されていたらしく、特に町人文化が花開いてからは、この噂話をモチーフにした作品が生まれたため、今日語られる様なお七伝説が形成されたという。

史実はさておき、今でもよく愛されている様子で、それは瑞々しい献花に表れている様に思えた。

ここまでは誰でも来れる様に整備されており、境内や墓地に入る必要はない。気軽に来れるだろう。

あと、傍らに縦に裂けた石碑があったのが気になった。

吉佐美さき
02 五月 2019 14:37

円乗寺さんはお七の家がこちらの檀家ということもあり、お七のお墓がありますがなんと3つ!

右) 寛政5年 (1793) 歌舞伎役者五代目岩井半四郎が建てたもの
中央) お寺の住職建てたもの
左) 昭和に入り近隣の町内会の人々により建てられたもの

塩田克太郎
16 三月 2019 12:21

2019年2月14日2度目の参拝したのですが、なんとお寺さんが建て直ししている最中で、大変なことになってました。八百屋お七さんが工事の安全をまもってくれていると思いますが?

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