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浜川橋(泪橋)

住所 2丁目-27-7 東大井 品川区 東京都 140-0011
時間 00:00-24:00
カテゴリー 史跡, 観光名所
評価 4 5 件の口コミ
The Bridge of Tears
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浜川橋(泪橋) 件の口コミ

5
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masaaki
03 十二月 2022 8:41

現在の浜川橋は、昭和九年 (1934) 二月に建造されたものですが、江戸時代から橋があり、別名、「泪橋」とも呼ばれていました。

慶安4年(1651)に品川に鈴ヶ森刑場が設けられ、ここで処刑される罪人の親族が見送りに来て、橋で共に涙を流しながら分かれたことから、「泪橋」と呼ばれるようになったそうです(説明板記述)。

現在、道路の一部となっている浜川橋(泪橋)を、橋名由来を気にすることなく、楽しそうに人々が通り過ぎていました。時代の移り変わりを感じます。

(2022年10月再訪)前回訪れた1年半前にも感じましたが、江戸時代、この橋は悲しい別れの場所。多くの人々が涙を流したであろうことが想像されます。橋の約500m南は鈴ヶ森刑場、幾人の関係者が涙を流したのでしょうか。今は車や人が行きかう普通の橋に様変わり、時代の変遷を感じます。

Halky
07 八月 2021 2:40

山谷の泪橋は暗渠になってしまっていますが、ここは橋が残っているので情景が想像できてしまいます

keiichi
09 三月 2021 8:18

立会川にかかる涙橋を渡ってしばらく行くと鈴ヶ森刑場跡がある。

Kei
31 十二月 2019 15:44

鈴ヶ森刑場の周辺は、かつて海岸沿いのさびれた地であった。鈴ヶ森の刑場に向かうには、近くの立会川にかかる泪橋をわたった。罪人にとってはこの世との最後の別れの場であり、家族や身内の者には、処刑される者との今生の悲しい別れの場。お互いがこの橋の上で泪を流したことから、この名が付けられた。

kaze
31 三月 2019 2:22

刑場に向かう人との別れは昔のことですが、今の立会川は川が汚く、飛来する野鳥がかわいそう。魚が泳ぐきれいな川にならないと立会川のイメージはマイナスのまま。川が泣いてる泪橋。人が汚しきってそれをきれいにしようとしない川は泣いています。

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