東京都立両国高等学校・附属中学校
住所 | 東京都墨田区江東橋1丁目7−14 |
電話 | +81 3-3631-1815 |
サイト | www.metro.ed.jp/ryogoku-h |
カテゴリー | 公立学校, 高校, 中学校, 学校, 高等学校 |
評価 | 2.9 9 件の口コミ |
Ryōgoku Junior & Senior High School | |
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東京都立両国高等学校・附属中学校 件の口コミ
9 子供がお世話になっています。
特に英語と数学に力が入っており、生徒のみなさん総じて優秀です。
ただ、錦糸町駅まわりが、怪しいお店が多いので、
部活帰りで遅くなると心配です。
現在の校舎などは綺麗になりましたね。少子化の中高一貫校ですか。嘗ては浅野蔵屋敷から戦前後の旧制三中の時代 (仔細は避けますが東京市や東京府の論争を経て東京市で最終的に昭和43年頃に東京都ですね) を経て昭和の後半時期の私の時代は木造造りでしたが、その後は火付け?火災?に遭遇して鉄筋コンクリート造りと成って昔日の面影がご座居ませんでした。江東区地域は日立製作所などの大企業が地下水を汲み上げていて地盤沈下が確か、2m以上水面より低いので大雨の際は膝ぐらいの水嵩があり、当時はゴミを河川に捨てていた状況でしたので異臭や光化学スモッグが連日でした。木造造りの時代は京葉道路を背にして右奥が正門でしたが、京葉道路沿いに面した裏門?より入場した事が殆んどでした。私が裏門を入って直ぐに左側で柔道部の朝練でした (裏門の手前左側が喫茶店でしたね) 。都大会では初戦負けで中々次選が難しい思い出がご座居ました。当時は金ボタンでは無く学生服がファスナー方式。私立に行けない経済的理由があって都立が唯一の選択肢でした。日比谷などと比肩する三校の一つの進学校の母校でしたが、最近は学力やモラルが低下している模様ですね。本所亀沢町6代目末孫
駅までの道のりで学生が横になって歩いているせいでよくぶつかる
避けようとしても向こうは前も見てないので平気でぶつかる
授業で地域住民へ迷惑をかけない方法みたいな内容で全校生徒やった方が良いと思う
指導も出来ないのかこの学校は
ぼくはこの高校の授業だけで都内のFラン国立大学にはいれましたが、結構な人たちがヤベえ大学に進学していた気がします。まあ、大学受験の成績を学校や塾のせいにするのはお門違いですが、生徒のレベルはそれなりってことです。めちゃめちゃ勉強できる人もいましたが、逆もまた然りです。
都立なので校舎めっちゃボロいですけど、学費安いのでぼくみたいな貧乏人にはコスパ最強です。
学校の近くにはラブホ街やキャバ、ピンサロ、場外馬券場などが点在していて、勉強以外のこともたくさん学べました。
こちらが道の端を歩いてるのに3人4人と広がって歩き、ただでさえ邪魔なのに避けてもくれずぶつかってくる。それも何回も。
本当に本当に邪魔だ。うんざりしている。
きちんと指導してほしい。
ハウスダストアレルギーには厳しい。学校内の掃除が行き届いていない。お勉強はできるが、自分たちの使わないところは掃除しないのはどうかと思う。
廊下や、教室出入口の上が埃だらけ。ハウスダストアレルギーのお子さんは勉強に集中できないと思います。
都立中学高校のなかでは
かなりの難関な学校です
東京大学など有名大学にかなりの
合格者を出しています
下町エリアでは
両国高校に入ったと言うことだけでても
尊敬されます
場所はJR錦糸町駅が最寄駅になります
明治34年、府立第三中学校として開校。翌年、現在地に移転。昭和25年、現校名になる。平成18年、併設型中高一貫校を開校。立地もよく、頭のキレる生徒が揃っている。都内では珍しい弓道部もあるようだ。高校からの募集人数はあまり多くない