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宗玄酒造(株)

住所 石川県珠洲市宝立町24−22
電話 +81 768-84-1314
時間
月曜08:00-17:00
火曜日08:00-17:00
水曜日08:00-17:00
木曜日08:00-17:00
金曜日08:00-17:00
土曜日09:00-17:00
日曜日09:00-17:00
サイト www.sougen-shuzou.com
カテゴリー 日本酒醸造所, 土産物店, 観光名所
評価 3.3 7 件の口コミ
SoGen Sake Brewery Co., Ltd.
近くの同様の会社
松波酒造株式会社 - 直営店 — 石川県鳳珠郡能登町松波30-114

宗玄酒造(株) 件の口コミ

7
並び替え: 日付 最高評価 最低評価 最も参考になった
NORI
25 八月 2023 1:00

江戸中期からの老舗。たくさんのお酒が並んでますね建物は平成に作られた立派な木造で、欅の大黒柱は1尺寸もある大きなものです。何年か前に天皇陛下も皇太子時代に来られたとか!
ここが経営しているトロッコ「のトロ」はR5.9現在休業中。スタッフ募集中だそうで見つかれば再開したいそうですよ。

IKO
21 六月 2021 15:52

蔵でしか買えないものを購入できて大満足です。お酒に詳しい友人にお土産に買っていったところ、大変喜んでくれました。自分用にも何本か購入したのですが、どれも本当に美味しかった!また近くに来たら必ずお伺いしたい酒蔵です。

FT 86
17 十二月 2020 6:37

好みを聴いてくれてお勧めの酒を勧めてくれました。宗玄酒造美味しいです。
いつも能登旅行の旅館で美味しいお酒を頂いています。
また旅行の際は寄らせて頂きます。
美味しいお酒をありがとうございました。

GO MOTEKI
23 十一月 2020 14:55

こんな奥能登まで来たのに全くホスピタリティが感じられない。検温よりまずは「いらっしゃいませ」でしょう?蔵元の直売所としての基本が全くできていない!予算を伝えて直売所ならではのお勧めを尋ねても返答無し…とりあえず自己判断で購入はしましたが人には全くお勧め出来ません!

益重勝利
17 四月 2020 18:22

全く知らない、酒蔵でした。旅行の途中で興味本位で行って来ました。能登半島の先の方でしたが楽しく行けました。酒蔵事態雰囲気もあり良かったのですが、クチコミには試飲が書き込まれていましたが残念なことに、商品説明のみで対応は人によって違うのかなと言う感じでした。商品説明だけで3本も買ってしまいましたが、お酒は説明以上に美味しいものでした。点数は店の点数でお酒じゃないのであしからず

Hideki
13 十二月 2019 12:27

奥能登の風光

現在、私のうちにある故郷のイメージや感じには、いくらか特殊なところがある。 それは幼い或る思い出に由来している。 私は四、五歳の頃、珠洲の鵜島にあった宗玄といふ家に何日か泊まっていた。 それは大きな酒造りの家で、私の母の姉がそこの主婦であった。その林泉造りの庭や、土蔵や土間にあった巨大な桶など、今でもはっきり覚えている。 何よりも珍しかったのは、家のなかの土間をどうどうと水が流れていることだった。 家の外に清冽な谷川がって、その水が家のなかに引かれていたのだが、或る日、その谷川で魚をとっていて、足を切り、男衆の背に負われて飯田の医者に行ったことも記憶に残っている。

飯田に行く街道は、家の前を通っていた。 道の片側はすぐ砂浜で、その浜は飯田の方までずっと続き、反対の方向は、伝説で名高い恋路の浜に続いていた。 浜の向こうには静かな海が開け、遠くに水平線が見えた。

浜は広々として、とても清らかな感じだった。 人気もなかったが、それ以上に、人間臭さの全くない、古い言葉でいえば「俗塵」から抜け出たような、澄んだ清らかさが感ぜられた。 その浜には桜貝が沢山あるので、私も拾いにつれて行かれた。 桜貝は、その透き通るような薄い殻が淡紅色に染まっていて、紅玉のように美しく、しかも宝石の堅さをもたぬ、非常に華奢な小貝である。 砂の上にあっても、どことなく地上のものではないような、気高い清らかさがある。 そして砂浜自身の澄んだ清らかさも、同じ様に、何となく地上のものではないような一種の感じを含んでいたのである。 そういう砂浜のイメージ、また自分がそこで桜貝を拾ったことの思い出は、幼い心の底に刻まれて残った。

自然の景色が地上のものでないようだと言えば、おかしく聞こえるかも知れない。 しかし、後になって、天の橋立や和歌の浦などに行った時にも、同じ感じを経験した。 それで考えたのだが、昔の日本人が特別に好い景色として選んだ所、或いは歌枕と称して賞でた所は、どこか地上のものならぬ、その意味で幽玄といふことにも通ずるような、深い淸澄の感じを呼び起す場所だったのではないか。 それが、自然美に対する昔の日本人の感覚、古代から続いていた感覚だったのではないか。 例えば赤人の「田子の浦うち出でて見れば」といふ富士の歌にも、「蘆邊をさしてたづ鳴きわたる」といふ和歌の浦にも、そういう感じが籠っている。 大伴家持の

珠洲の海に 朝びらきして 漕ぎ来れば
長浜の浦に 月照りにけり

でも、似たような感覚がその底にあると思う。

家持は、「能登の島山、今日見れば、木立繁しも、幾世神びぞ」とも歌っているが、その「幾世神びぞ」といふ感覚である。 それは、現代の人々が普通にいい景色だといっている以上の感じだが、鵜島の浜の景色は、私のをさな心にも、そういう感じを与えたのである。 数年前、久方ぶりにまた鵜島を通ったが、浜の風光はもうすっかり変わっていた。 その代わり、鵜島から先の奥地が、とてもよかった。 現代の世界にみなぎっている喧騒や慌しさは影をひそめ、一足とびに太古の悠久と静けさに返ったような気がした。 昔の中国の詩人も、「山静かにして太古に似たり」と言ったが、そういう感じを呼び覚ます風光は、日本ではもう見出しにくくなっている。 しかし能登には、まだあちこちにそれが残っている。 例えば須々神社のあたり、贄の海岸、それから私の若い時に毎夏の遊び場であった九十九湾なども、古代の風光の跡をまだ残している。

しかし最も大きな感銘を経験したのは、同じ数年前の旅行の帰り途にであった。 その時、バスは松波から小木に向けて波打ち際を走っていた。 好く晴れた天気で、雲ひとつない五月の空は青く澄み、海も明るい紺碧の色を湛えていた。 そしてその海の向こうに、雪をかぶった立山山脈の尾根が、半天に蜿々と連なっているのが見えた。 尾根から下の部分は、青く霞んで見えず、尾根の部分だけが青空のうちに夢のように淡く浮かんでいた。 その山と海と空と、それら全体の風光は、やはり地上のものとは思えない神秘な美しさであった。 中国の伝説には、蓬莱山とか桃源郷とかいうような、神仙の住む土地の幻想があり、似たような神話的幻想は、古代ギリシャその他にもあったが、それが忽然として現実に現れたような感じであった。

Blues
05 十月 2019 9:57

石川オリジナルの酒造好適米石川門を使った宗玄の純米を燗で飲ませてくれるお店が都内にありました。ふっくらと華が開いたような香りと深い味わい。それ以来宗玄のファンですが、手取川や天狗舞に隠れて今一つ地味な印象。奥能登に行った帰りに寄ってみました。佇まいが何とも風情があって素敵です。蔵の方は、都内で燗で勧められた事を聞いて驚いてましたが喜んで下さいました。思った通り実直な造りを感じさせる蔵でした。

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