JAPANRW.COM

豊国神社

住所 93 東御影町 金沢市 石川県
電話 +81 76-221-4957
サイト www.ishikawa-jinjacho.or.jp/shrine/j0337
カテゴリー 神社, 観光名所
評価 4 7 件の口コミ
Toyokuni Shrine
最寄りの枝
宇多須神社 — 石川県金沢市東山1丁目30−8 宇多須神社
平岡野神社 — 石川県金沢市11 広岡町1-11-1
豊田白山神社 — 石川県金沢市三社町7−9
闕野神社 — 石川県金沢市寺町1丁目6−50
近くの同様の会社
安江住吉神社 — 石川県金沢市北安江2丁目15−37
国造神社 — 石川県金沢市泉2丁目21−6 天満宮
長田菅原神社 — 石川県金沢市長田1丁目5−3 長田菅原神社
犀川神社 — 石川県金沢市中央通町16−1 犀川神社

豊国神社 件の口コミ

7
並び替え: 日付 最高評価 最低評価 最も参考になった
AnimAvis
24 五月 2023 5:26

宕神社からほど近い場所にある豊国神社は、そのロケーションとオーラが魅力的です。時間を超えて、この国の他の地域のように進化していない空間にアクセスしているような印象を受けます。訪れるのがとても楽しい、小さな謎めいた宗教的なコーナー。

ちゅんせ
02 十二月 2021 22:55

やっと豊国神社のことが書けます.
ここのすごいとこは…
飛んでるコマ犬と、井筒、ですー
数年前に行ったきりだったので
再度確認してからでないといけないな
と、機会を伺っておりました.

卯辰山公園 花菖蒲園の駐車場から
最初の鳥居はすぐです.
千杵坂を石段踏んで上がっていくと
視界がひらけ
見晴らし台になっています.
安政の飢饉のときに
お百姓さんたちがお城に向かって
米よこせー!と叫んだという
その場所から少し戻って
山側に90°、クリッと目をやると
三の坂、二ノ坂、一ノ坂、と
境内につながる石段がつづきます.
ちょっと荒れた感じが否めませんが
藩政期に徳川に遠慮して
今の近江町のあたりから移された
豊臣への恩義を感じて祀られている社には
なかなかいい雰囲気のようにも思えます.
静かです

そしていよいよ
この向かって右側の阿形のコマ犬が
飛んでいるのですー.
狛犬の足の裏は見たことがなくて
最初は歓声をあげました.
今見るとロデオ、跳ね馬、っぽくもあります.
どうにか感じた凄さを伝えたくて
狛犬いっぱい撮りましたが
背景に馴染んでしまいますね.
左の吽形の狛犬もなかなかな踏ん張りっぷりで
ちょっと悪さでもしようものなら
今にも飛びかかってきそうです.
どちらもやる気満々の守護天使、って感じです.
カッコいい.
背中のグルグルもたまりません.

次に
ここに謡曲「井筒」の井筒がある、って
知ってましたか.
つついづつー いづつにかけしまろがたけー
井筒って何だ?
井戸の口のとこに組んである
石や木で作られた縁のことですが、
能の演目「井筒」は在原業平で知られる
伊勢物語23段、筒井筒から作られた、と.
そのお話の舞台、大和国からここに移されたって
何だそれはー、ホントなのかー、何でまたー
と不安定な驚きを爆発させた思い出があります.

以前ここに自転車で迷い込んだ日
そう、その時は参道ではなく
裏の道からここを見つけました
それはちょうど
毎月1回行われる金沢市の加賀宝生流
月例能の日、午前中のことでした
能ふたつと間に狂言がひとつ
3部に分かれていましたが
そのうちのひとつの能の演目が「井筒」でした.
何だかよくわからない不思議な感激を覚え
山を降り午後の能楽堂での「井筒」を鑑賞したのです.
迷い込んだ神社に飛んでる狛犬がいて
今見ている能のお話の舞台の井筒がそこにあって
徳川と豊臣と物語と現実と
時間と空間入り乱れてグルグルと
金沢って不思議なとこだ…

たしかにここは美しく整備されてはいないかもしれないですが、帰り道、真新しい鼠多聞橋の下を通った時に思いました.
豊国神社、星5つでいいな.

あ、あとですね
橋場町周辺から天神橋を渡って右に坂を登っていくのですが、
そのあと左にカーブして…のあたりから
右側の斜面が崩れているため
片側交互通行になっているので
気をつけてください.
そこから駐車場はすぐですよ.

LLSS
06 十二月 2020 7:54

卯辰山三社の一つ。1866(慶応3)年に、加賀藩14代藩主・前田慶寧が庶民の福利を図るため、卯辰山開拓時に、守護神として兼六園にあった竹沢御殿の天満宮を、この地に移したということです。

尾塩清和
17 六月 2019 14:00

昔の風情があって、ゆっくり散策できました。

Pale
13 八月 2018 19:17

豊国神社(とよくにじんじゃ)

御祭神 豊臣秀吉 愛宕大神

鎮座地 金沢市東御影町93

氏子区域 金沢市大手町尾張町1丁目博労町東御影町
由緒
元和2年卯辰観音山に創祀、卯辰山王と号してひそかに豊臣秀吉を祀り、俗に卯辰観音と称した。藩政の頃、祭礼に藩主より神事能を献じ、観音院の御神事能と呼ばれ、衆庶群集した。明治5年郷社に列し、同19年殿町(現大手町)に遷座、同40年現地に移り、村社卯辰神社(通称卯辰山天満宮)を合併。
    Website【石川県神社庁】から抜粋

山川裕
19 五月 2018 11:28

参拝者が少なくクモの巣がひどかった。虫刺されに注意が必要かも

Hans
12 十二月 2017 7:40

前田利家の遺志に基づいて歴代の藩主が、徳川幕府に知られないように密かに豊臣秀吉を祀っていたとのこと。前田利家らしい逸話ですね。徳川家康が、前田利家の死を待ってから大坂城(豊臣家)を攻めた理由が分かるような気がします。近くの卯辰神社・愛宕神社とともに卯辰山三社と言われているそうです。前田利家の律儀さに星5つ。
(利家の気持ちへのです。建物などに期待しないでくださいね)

レビューを追加